創業嘉永三年(1850年)。「いい目覚めをクリエイト」する三重県桑名市のふとん専門店。

桑名のミニ歴史問題

    笹治本店

    住所:桑名市吉津屋町57番地

    TEL:0594-22-0501

    営業時間:AM9:00~PM6:00

    定休日:毎週月曜日

    駐車場:5台あり

    桑名のミニ歴史問題

    ~ 久波奈逍遥  ~
    くわなそぞろあるき 
     

    平成30年4月20日

    4月初めにおこなわれました「灯街道・桑名宿」の写真を掲載いたします。

     なかなか幻想的な世界でした。こんな桑名の夜の風景も良いですね。

     

     

     

     

     20180408_185142

     20180408_185350

     

     

     

     

    20180408_190455

     

     20180408_19073320180408_19014820180408_19030620180408_18541420180408_191109

     
     

     

    ようこそ  桑名の歴史へ 

     

    七里の渡し

     
     名称未設定 1
     
     

    桑名ミニ歴史問題ベー11・13

     

    平成28年3月14日

    本多忠勝が良く出ます

     

    NHK大河ドラマ真田丸に本多忠勝(藤岡弘)公が出てきます。徳川家の家臣で真田二兄弟を切り捨てようとしたひげもじゃらな武士ですが、この方は関ケ原の戦いの後に初代桑名藩主となりますのはご存知ですね。この忠勝の長女小松姫が真田信幸(兄の方)の正室となり、敵だった真田家と縁を結ぶわけです。二代藩主は息子の忠政で、その時に大坂冬の陣、夏の陣が起こり、徳川家と豊臣家の最後の決着をつけるわけです。そのとき徳川家康の孫、千姫が桑名に逃れ、本多忠勝の孫である忠刻輿入れしたという大ロマンがありましたね。当時は娘姫は政略的に、味方につけておきたい大名と結婚させることが多々ありました。ここを詳しく語ると長くなるので、大河ドラマを見ていると少しは理解できると思います。ここで問題です。桑名藩は本多家が二代藩主でしたが、1617年姫路に移封。三代藩主となったのは徳川家康の異母弟である久松松平家の〇〇〇〇であった。さて〇〇〇〇とはどなたでしょう?

    ①松平定勝   ②松平定重   ③松平忠雅   ④松平定教

     

     

     

     

    答 ①

     

     

     

     

     

     

     

     

     

      平成28年2月22日

    NHK大河ドラマに「滝川一益」が出てきますが・・・・

    おなじみ真田丸の放送で、滝川一益が登場してますが、大河ドラマの以前の時代に彼は桑名のあるお城に居たことがあります。時代は戦国時代本能寺の変(1582年)の15年前1567年に織田信長の家臣として長島一向一揆第一回桑名攻めのとき、員弁郡に侵略したが、信長本体は岐阜に帰ったが、一益は桑名の矢田城(現在の走井山公園)にとどまった。その後一向一揆は第4回桑名攻めの1574年まで続き信長が勝利をおさめたが、滝川一益に北勢5群を兼領させた。その後信長の家臣として武田討伐や関東鎮定に加わり、大河ドラマの信長暗殺により、戦国時代の荒波にのまれてゆく運命になる。

    戦国時代の武将は、大変だったのですね。

     

    ここで問題です。この時代、矢田城のすぐ近く150m東北東にもう一つのお城がありましたが、何という城でしたか?

     

     

      ①桑名城  ②愛宕山城  ③長島城  ④桑部城

     

     

     

     

                                  答②

     

    平成28年2月8日

     
     

    NHK大河ドラマ「真田丸」に服部半蔵登場!

     

     2月7日の放送で、のちに桑名とゆかりのある服部半蔵が登場いたしました。1582年6月21日明智光秀による本能寺の変(織田信長が奇襲を受け亡くなった事件)のとき、家康は明智軍から逃れるため服部半蔵の案内で伊賀越えで伊勢、三河まで命かながら逃れた

    というお話ですが、実はその案内人の服部半蔵の子孫は桑名藩にもかかわりのある人物ですので、少しお話を!

    子孫の服部半蔵正重(4代目)と服部半蔵正義(12代目)は桑名藩家老のつとめ、特に正重は幕末の18代桑名藩主松平定敬とともに慶応4年鳥羽伏見の戦いにて桑名軍を率いて参戦、さらに戊辰戦争時には柏崎,庄内まで行き戦いました。〈鯨波戦争〉

    この服部半蔵正重と正義のお墓が桑名市内のあるお寺にあります。そのお寺に入ってすぐ右側に入り10メートルぐらいの処に、とても古く、大きなお墓が並んでいます。興味のある方は覗いてください。

     

    ここで問題です

     

    桑名市内のあるお寺とはどこでしょう?

     

      ①十念寺    ②顕本寺   ③光徳寺  ④照源寺

     

     

     

     

     

     

    答え ②

     

     

    …………………

    平成28年2月1日

     NHK大河ドラマ「真田丸」に本多平八郎忠勝公登場!

     1月31日のNHK「大河ドラマ真田丸」に桑名にゆかりのある本多平八郎忠勝公が登場してましたね。真田丸が弓の並べ方,保管方法で忠勝、家康と議論していました場面です。

    徳川四天王、家康の家臣として出てきました。ご存知のとうり本多忠勝は関ケ原の合戦の後、桑名藩城主となり桑名藩の藩政確立のため城郭を修築し、武士の町、その外側に商人の町をつくり、また商工業者を部門別に集めた町も作られ、城下町と東海道宿場の町としての整備、発展を行い桑名藩創設の名君といわれています。

     

    ここで問題です。

    本多忠勝が 1601年桑名藩で行った この町割り をなんと呼ばれたでしょう?

     

         ① 安政の町割り

         ② 寛政の町割り

         ③ 慶長の町割り

     

     

     

     

     

                                    答 ③ 慶長の町割り

     

     

     

     

    ……………………

    平成28年1月21日

    徳 川 家

      正月から「徳川家康」「徳川秀忠」「徳川家光」の本を読みかえしていました。江戸幕府の初代将軍、2代将軍、3代将軍とそれぞれえらい方には違いないのですが、初代家康はやはり、息子、孫の2人とは別格で苦労人、辛抱強い、自分の信念をもって決断される、運が強い、亡くなる年まで元気で長生きされた等 3人の中では一番尊敬いたします。

    ここで歴史問題です。

    実は3代将軍家光には7つ上の姉がいたが、名前は千姫。3代将軍家光と千姫さまはご兄弟ではありませんか。ご存知のように桑名の第2代藩主本田忠政の嫡男「忠刻」と結婚した話は桑名では有名ですが、この千姫さんは、もっともっと歴史的重要人物である豊臣秀吉の息子であり、豊臣家最後の「豊臣秀頼」の正室であった。ご存知のように大坂冬の陣、そのあとの夏の陣で徳川家康の孫ということで大阪城から助け出されたが、その道中の桑名で「本多忠刻」と出会い、一目ぼれをいたし結婚することになったとゆうなんともロマンティックな美しいお話が出来ております。

    (ちなみに祖父本田忠勝は徳川四天王の一人であった桑名の初代藩主で有名ですね)

     それはさておき、参勤交代やお伊勢参りなど、江戸時代東海道は宮宿から桑名宿は七里の渡しで船で渡ったのですが

    海の荒れでの渡り船の欠航や船酔い、安全の問題、不測の事態を考え、

    迂回路として宮宿から佐屋宿までを陸路で行き、あとは桑名まで川舟で三里渡る安全な街道が整備されました。それ以後こちらの街道も七里の渡し程ではないですが、そこそこ利用があったそうです。実際川舟の揺れ具わいとは違い、外海の波の高さはと揺れは違いますよね。特に女性や子供にはこちらの方が安心ですね。

     

      ここで問題ですが「その街道の名前は?」

     

         ① 美濃街道    ② 津島街道    ③ 佐屋街道

     

     

     

     

                              平成28年1月21日          答え③

     森陳明問題_edited-2

    ………………… 

    本日(12/21)ふるさと検定中級の問題追加掲載いたします。

     歴史問題

     答え   001- 2     002- 3     003- 2     004- 3     005- 

     桑名ミニ歴史問題統合3のコピー

         「桑名のミニ歴史問題」掲載について

    江戸時代 桑名は東海道42番目の宿場町でありまた11万石桑名藩の城下町でもありました。

    さらに桑名は木曽三川と伊勢湾とをつなぐ海上交通の要所でもあったことは有名ですね。

    そんな桑名のすばらしい時代を思い浮かべながら、少しでも桑名の身近な歴史を知って

    いただけるきっかけになれば幸いです。

    この問題は平成20年〜平成26年にかけて桑名ふるさと検定実行委員会(桑名市・桑名市

    教育委員会・桑名市観光協会・桑名商工会議所)が実施いたしました「桑名ふるさと検定」

    の試験問題より選んで掲載いたしております。出来ましたら公式ガイドブックの

    桑名のいろは」の本と合わせてお読みになると、それぞれの歴史の背景等がわかり、

    より理解しやすいと思われます。

    なおこの問題集は随時掲載させていただきますので、よろしくお願いいたします。

     

                       七代目 笹屋治兵衛  とっちゃん桑名ミニ歴史問題統合前ベース最新版上級3のコピー

    桑名ミニ歴史問題統合前ベース最新版